水晶髑髏

08/1/23

「発見者」たちによってマヤ文明などの秘宝であるかのように主張されてきた水晶ドクロですが、今日ではそれらは古代のものではなく、 もっと新しい時代に作られた贋物であることがほぼ明らかになっているようです。贋物であるなら CG で作るにしても「本物」をあまり意識することなく気楽に作れるというものです。

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しかしこれらがみな古代文明の宗教的遺物などではなく、19世紀頃のヨーロッパで作られたとすると、別の意味の情熱が込められているのが見えてきます。 この時代は植民地の拡大と多くの自然科学上の発見などが結びつき西欧でエキゾチシズムが盛り上がった時代であり、万国博覧会の時代でした。そして アンリ・ルソーフェルディナン・シュヴァル を産むに至るこの時代、髑髏が持つ意味も変わりつつあったのではないでしょうか。

ある時期までは髑髏はそのまま死のシンボルでした。

メメント・モリ - Wikipedia

ペストが流行すると人口の3分の1から3分の2が死亡するような時代、死のシンボルとしての髑髏は身近なものであったことでしょう。 しかし自然科学や技術の発達により疫病や飢饉の恐怖が遠のくにつれ、髑髏はより非日常的な何かを表すものになり、ロマンティックな意味合いが加わったのではないかと思います。

240*400

ところで私はこういったロマンチシズム、エキゾチシズムは、なぜ、スケールモデラー(私もそのひとりです)が恐ろしい情熱を注いで戦車や戦闘機、軍艦などを机上に再現しようとするのかということと関係があると思っています。 この「スケールモデラーとは何か」というテーマを考えるとき私は十年ほど前少し立ち読みしたある本のことを思い出します。そのときはそれほど印象に残ると思っていなかったので、書名も著者の名前も確認しておらず、 いまもってわからないのですが、澁澤龍彦について「エキゾチシズムに逃げているに過ぎない」というような方向で批判的に論じたものだったように思います。 何年か経ってから「あれをちゃんと読みたい」と思うようになり、思いつく限りの方法で検索したのですが、わかりませんでした。ただこれかもしれないと思う本は一冊見つけました。 それはこれです。

Amazon.co.jp: 澁澤龍彦の時代―幼年皇帝と昭和の精神史: 本: 浅羽 通明

しかし入手して読んでみたところどうも立ち読みしたものとは違うように思いました。あれは夢だったのか・・・立ち読みした場所というのがまた震災の後突如三宮に出現し、数年も経たずしてあとかたもなく消滅した巨大書店、 駸々堂三宮店だったこともあり、幻を見たような気分です。 まあ内容については記憶もあいまいで勘違いしているかもしれませんが、いまだになんとなく気になっています。

240*320, 240*400 gif アニメ集